- はじめに
移転価格課税リスクを管理するにあたって、独立企業間価格の算定方法にTNMMを選定し、海外子会社の利益率が移転価格税制上妥当な水準であるかを気にかけている企業は多いことと思います。昨今の円安ドル高が続く状況では、特に対米取引について、米国子会社の利益率管理に苦慮している企業様も多いのではないでしょうか。この記事では、為替変動が移転価格に及ぼす影響を解説していきます。
- 為替リスクには2種類ある
為替リスクを検討する上で重要になるのが、為替レートの変動が企業のP/Lに及ぼす影響には以下の2つのパターンがあるという点です。
- 為替差損益・・・外貨で取引を行った場合に、その取引を計上した日から決済日までの間に発生した為替変動からくる為替差損益。例えば米国子会社が日本親会社から10,000円で商品を購入したとします。米国子会社がこれを計上した日の為替レートが$1=120円だったとすると、$83.33で会計処理を行います。その後決済日の為替レートが$1=125円に変わった場合、実際に支払うのは$80.00ですので、$3.33の為替差益が発生します。
- 価格に含まれる為替リスク・・・実際の取引通貨に関わらず、取引価格に内包される為替リスク。円高・円安が長期間続くことで企業の利益率が圧迫又は底上げされるリスク。例えば米国子会社が日本親会社から10,000円で商品を仕入れ、それを$150で米国で販売するとします。$1=100円の時の米国子会社の粗利は、売上$150 – 仕入$100=$50ですが、一気に円安$1=$145まで進むと、売上$150 – $69=$81ですから、粗利は33%($50÷$150)から54%($81÷$150)に変化します。
②の為替差損は営業外収益・費用に計上されるため、子会社側の営業利益率を見ることが一般的なTNMMでは為替リスクは移転価格には関係ないものと思われがちですが、企業の利益率に作用する②のような価格に含まれる為替リスクは、中長期的に企業の営業利益率に影響してきますので、移転価格税制への影響を無視することはできません。
- 為替相場の変動と子会社の利益率
それでは、為替変動がTNMM分析に及ぼす影響をさらに詳しく見ていきましょう。ここでは、日本親会社から米国子会社が商品を購入し、米国の第三者にその商品を再販売するというシンプルな取引を例に考えてみます。
取引フロー
米国子会社が10,000円の商品を日本親会社から円建てで購入し、$125で米国市場に販売するとします。下の表は、2020年から2023年8月にかけての実際の円相場を参考に、米国子会社のP/Lが為替相場の変動によりどのように変化するかを表したものです。実際は日米のインフレ率の差も考慮する必要がありますが、ここでは為替相場の変動だけに着目し、外部の物の値段は変わらない前提の例示を使用します。
2019 | 2020 | 2021 | 2022 | 2023 | |
$1=109円 | $1=107円 | $1=110円 | $1=131円 | $1=137円 | |
売上 | 125 | 125 | 125 | 125 | 125 |
原価 | 93 | 93 | 91 | 76 | 73 |
粗利 | 32 | 32 | 34 | 49 | 52 |
営業費用 | 27 | 27 | 27 | 27 | 27 |
営業利益 | 5 | 5 | 7 | 22 | 25 |
粗利率 | 25% | 25% | 27% | 39% | 42% |
営業利益率 | 4% | 4% | 6% | 18% | 20% |
上記のとおり、2020年から2021年までは営業利益率が4%から6%程度で安定していたのに対し、2022年から急激に営業利益率が上昇をしており、この場合、日本側で移転価格リスクが生じます。(ちなみに、海外子会社の営業利益率が、10%を超えると、日本の課税当局は企業を移転価格調査に選定すると言われていますので、要注意です。)では、対策としてドル建てで取引をすれば良いのかというと、そうでもありません。海外子会社と現地通貨で取引する場合、スポットレートの代わりに社内レートを設け、それに従って運用する場合がほとんどです。社内レートの設定方法は様々ありますが、たいていの企業は過去一定期間の平均レートを使用したり、為替相場が一定の範囲を外れた場合に社内レートを改定する、といった運用方法を採用しています。したがって、実勢レートと比べてタイミング差があったり、短期間に激しく上下したりはしないものの、昨今の円相場のように、相場が中長期的に一方向に推移した場合、月・年単位で見ると社内レートは実勢レートをゆるやかに追いかけるように変化します。これは為替予約でも同じことで、長いものでも1年先程度ですから、為替変動の営業利益率への影響を和らげる効果はあっても完全に取り除くことはできません。
- 移転価格への影響と対策
日米間取引の移転価格分析の8から9割がTNMMの子会社検証であることを考えると、一企業のコントロールの及ばない為替変動による子会社の利益率の変動は悩ましいものです。為替相場が安定している時は親子のどちらが為替リスクを負っているかが見えづらく、外貨建て取引=海外子会社は為替リスクを負担していないものと考えがちですが、海外子会社も為替リスクを負っている場合が多く見られます。
TNMMは関連者取引の中で相対的にリスクの低い法人の利益率を検証する分析方法ですから、海外子会社に為替リスクが大きくのしかかった場合、そもそもTNMM検証で本当に良いのか、といった疑問も出てきます。ですから実務的には、体力のある親会社が為替リスクを負うことで移転価格課税対策を行うことが有効と考えられ、具体的には以下のような運用方法が例として考えられます。
- 子会社の利益率が一定になるよう管理する方法
方法:海外子会社の利益率が、一定の枠を外れた場合には、利益率がその枠内に収まるよう期末に事後的に価格調整を行う方法。為替対策以外でも用いられる移転価格リスク管理の方法の一つ。
メリット:子会社の利益率を一定に保つことができるため、移転価格リスクがかなり軽減される。
注意点: 事前の契約なしに価格の調整はできないため、しっかりとした事前準備が必要。事前のベンチマーク分析や期末の手続きなど、専門家の手助けが必要なことが多い。また、関税の調整が必要かどうかも確認する。
- 社内レート改定の際に取引価格の改定も検討する方法
方法:社内レートを改定する際にシミュレーションを行い、取引価格の改定も同時に検討する方法。上述の例では、出し値が10,000円でしたので、これを12,000円に改定するなど。
メリット:既存の販売契約の枠内で価格改定ができるため、①と比較して事前の準備が少なくて済む。
注意点:価格改定後に入った在庫が回転するまで、子会社の利益率に効果が表れず時間がかかる。また、効果が表れたころにはさらなる価格改定が必要になる場合もあり、管理が難しい。
- まとめ
為替レートが変動すると取引通貨に関わらず、海外子会社の利益率に影響を及ぼし、移転価格問題を引き起こす可能性があります。企業にとっては、円安なら輸出が儲かり、円高なら輸入が儲かるのは当たり前のことですから、為替のせいだから仕方ないと思いがちですが、海外子会社の営業利益率に影響を受け、思わぬところで移転価格問題に発展する可能性があります。通常の移転価格課税リスクの対策と同様に、しっかりと事前の準備を行うことをお勧めします。
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